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「貧乏くさい」と私の大切な母の形見を勝手に捨てた義母。泣き寝入りするしかないと思っていたら、まさかの人物が立ち上がり、予想外の過激な報復が始まる・・・!?
読者の実体験をもとにした衝撃のエピソードを紹介!義実家で同居を始めた私ですが、義母からの陰湿な嫌がらせに悩まされていました。ある日、亡き母の形見を勝手に捨てられてしまい、事件は思わぬ方向へ転がります。
義実家での同居生活スタート。優しそうな家族に安心したのも束の間
結婚を機に、夫の提案で義実家での同居生活が始まりました。義父も夫もとても優しく、歓迎してくれたので、最初はうまくやっていけると思っていました。しかし、義母だけは私に対して冷たい態度をとることが多かったのです。夫や義父がいないときを見計らって、家事のやり方に細かく文句をつけてきたり、わざと私だけ食事のおかずを減らしたりと、陰湿な嫌がらせが日常茶飯事になっていきました。私は波風を立てまいと耐えていました。
私が反論しないのをいいことに、義母の態度は次第にエスカレートしていきました。ある日、私が仕事から帰宅すると、自室の机の上に置いてあったはずの小箱がなくなっていました。それは、数年前に亡くなった私の母が大切にしていた形見のブローチが入った箱でした。慌てて家の中を探し回りましたが、どこにも見当たりません。嫌な予感がして、リビングでテレビを見ていた義母に恐る恐る尋ねてみることにしました。
「貧乏くさいから捨ててあげたわ」義母の信じられない冷酷な言葉
私がブローチの行方を聞くと、義母は鼻で笑いながら「あんな貧乏くさいガラクタ、目障りだからゴミに出して捨ててあげたわよ」と言い放ちました。私は耳を疑いました。母との大切な思い出が詰まった、かけがえのない宝物だったのです。急いで外のゴミ捨て場に走りましたが、すでに回収車が去った後でした。私はショックのあまりその場にへたり込み、声を上げて泣き崩れてしまいました。心の中は絶望でいっぱいでした。
部屋に戻っても涙は止まらず、ただ呆然とするしかありませんでした。夜になり、仕事から帰宅した夫が私の異変に気づき、心配して声をかけてくれました。私は言葉を詰まらせながら、義母に母の形見を捨てられてしまったことをすべて打ち明けました。事情を知った夫は顔を真っ赤にして激怒し、「絶対に許さない」と立ち上がりました。そして、ちょうど帰宅した義父にもこの信じられない出来事を話すことになったのです。
事情を知った義父の静かな怒り。家族会議で張り詰める空気のなかで
夫から事情を聞いた義父は、最初は信じられないといった表情でした。しかし、私の涙と夫の剣幕を見てすべてを悟ったようです。義父は普段とても温厚な人ですが、このときばかりは目が座っており、静かな怒りを漂わせていました。すぐに義父は義母をリビングに呼び出し、家族全員が揃うなかで厳しく問い詰めました。義母は悪びれる様子もなく、「あんな古ぼけたもの、捨てて正解だったのよ」と平然と言い放ちました。
義母の反省の色が全くない態度に、ついに義父の堪忍袋の緒が切れました。「他人の大切なものを平気で捨てるような人間には、同じ苦しみを味わわせる必要があるな」と低く響く声で言い渡しました。義母は何を言われたのか理解できない様子でキョトンとしていました。すると義父は立ち上がり、一直線に義母の部屋へと向かっていきました。私たちも慌てて後を追うと、義父は義母のクローゼットを勢いよく開け放ちました。
義父による容赦ない制裁。義母の大切なコレクションが次々とゴミに
義父が手に取ったのは、義母が長年かけて集めていた高級ブランドのバッグや、大切にしていた宝石箱でした。義母が悲鳴を上げて止めるのも聞かず、義父はそれらを容赦なく黒いゴミ袋へと放り込んでいきました。「やめて!私の宝物なのよ!」と泣き叫ぶ義母に対し、義父は「お前がやったのはこういうことだ!」と一喝しました。義母の大切なコレクションは、あっという間に無残なゴミの山へと変わってしまったのです。
自分の大切なものを捨てられる痛みを身をもって味わった義母は、その場に泣き崩れました。その後、義父と夫から厳しいお説教を受け、義母は私に対して深く頭を下げて謝罪しました。形見が戻ってくることはありませんでしたが、義母はすっかり大人しくなり、私に対する嫌がらせも一切なくなりました。義父の「目には目を」の過激な報復のおかげで、我が家にはようやく穏やかで平和な生活が訪れることになったのです。
他人の大切なものを軽視した結果、自分自身の大切なものを失うことになった義母の因果応報な結末でした。形見を失った悲しみは消えませんが、夫と義父が味方になってくれたことは、何よりも心強い救いですね。
原案/andGIRL編集部 ※andGIRLが25〜35歳の読者を対象に行った独自アンケートの実体験をもとに制作しています


