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「やってあげようか?」家事を「手伝う」気分の恩着せがましい夫に不満爆発!共働き妻が下した驚愕の決断とは・・・!?
読者の実体験をもとにした衝撃のエピソードを紹介!フルタイム共働きなのに、家事や育児を妻の仕事だと思い込み、「手伝ってあげる」と恩着せがましい態度をとる夫。限界を迎えた妻がある驚きの行動に出ます。
フルタイムの共働きなのに家事はすべて私の負担でした
私と夫は、お互いにフルタイムで働く共働き夫婦でした。しかし、家事や育児の負担はほとんど私にのしかかっていました。夫は仕事から帰るとソファに寝転がり、テレビを見ながらスマートフォンをいじるばかりでした。私が夕食の準備や子どもの世話に追われているときも、まるで自分には関係ないと言わんばかりの態度で、私は日々ストレスを溜め込んでいました。二人の生活のはずなのに、孤独を感じる毎日だったのです。
夫はごくたまに思い出したように食器洗いやゴミ出しをすることがありました。しかし、そのたびに「食器洗ってあげたよ」「俺って家事もやって偉いよね」と、わざわざ報告してくるのです。まるで自分は特別なことをした、褒められるべきだと言わんばかりの態度でした。私は「二人の家なんだから当たり前でしょ」と心の中で叫んでいましたが、争いになるのを避けるため、引きつった笑顔で「ありがとう」と返すしかありませんでした。
放置された食器に放たれた無神経な一言でついに怒り爆発
ある晩、私が子どもの寝かしつけで疲れ果ててリビングに戻ったときのことです。シンクには夕食の食器が山積みになったまま放置されていました。夫は相変わらずソファでくつろいでおり、私を見るなり「なんで食器洗ってないの?やってあげようか?」と言い放ったのです。その「やってあげようか」という一言で、私の中で張り詰めていた糸がプツリと切れました。恩着せがましいその言葉に、ついに怒りが爆発してしまったのです。
私は夫に向かって静かに、しかし冷たく言い放ちました。「もう手伝ってもらわなくて結構です。そんなに『やってあげる』という感覚なら、自分のことはすべて自分でやってください」と。夫はポカンとしていましたが、私は本気でした。その日を境に、私は夫の分の食事作りも、洗濯も、一切の家事放棄を宣言したのです。いわば、夫に対する完全なる家事ストライキの始まりでした。夫はまだ事の重大さに気づいていませんでした
妻の家事ストライキ決行!困惑しつつも強がる夫の様子
翌日から、私は宣言通り自分の分と子どもの分の家事だけをこなすようにしました。夫の服は洗濯カゴに放置され、夕食の用意もありません。最初の数日、夫は「俺だって一人でできるし」と強がり、コンビニで弁当を買ってきたり、コインランドリーを探したりしていました。しかし、仕事で疲れて帰ってきたあとに自分の身の回りのことをすべてこなすのは、想像以上に過酷だったようです。徐々に夫の顔から余裕が消えていきました。
一週間が経つころには、夫の状況は悲惨なものになっていました。リビングのテーブルにはコンビニ弁当の空き箱が散乱し、洗濯カゴからはみ出した汚れ物が山のようになっていました。着る服がなくなった夫は、シワだらけのシャツを着て出勤する日もありました。帰宅しても温かい食事はなく、散らかった部屋が待っているだけの生活。かつて私がどれだけの負担を背負って生活を支えていたのか、夫は身をもって痛感し始めたのです。
「本当にごめんなさい」見栄を捨てて泣きついてきた夫
ストライキ開始から十日目の夜、ついに夫が音を上げました。散らかった部屋の真ん中で、夫はうなだれながら私に「本当にごめんなさい」と謝罪してきたのです。「自分がどれだけ甘えていたか、君にどれだけ苦労をかけていたか、やっとわかった。手伝うなんておこがましい態度をとってごめん」と、半ば泣きそうな顔で訴えてきました。その憔悴しきった姿を見て、私は彼が心から反省し、自分の過ちを認めたのだと確信しました。
夫の心からの謝罪を受け入れ、私はストライキを解除しました。それ以降、夫の態度は劇的に変わりました。ゴミ出しや食器洗いはもちろん、洗濯や掃除も「自分の役割」として自発的にこなすようになったのです。もう「やってあげた」という恩着せがましい言葉を聞くことはありません。お互いが当事者意識を持ち、協力し合える本当の意味での共働き夫婦になれた気がします。あのときの荒療治は、私たちに必要な試練でした。
夫婦はどちらか一方が負担を強いられるものではなく、共に生活を築いていくパートナーです。相手の苦労に気づき、当事者意識を持つことの大切さを改めて考えさせられるエピソードでしたね。思いやりを忘れずに!
原案/andGIRL編集部 ※andGIRLが25〜35歳の読者を対象に行った独自アンケートの実体験をもとに制作しています


